身近なくすり(1)(執筆者:松山大学薬学部教授 天倉吉章氏)

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     今年は異常気象で、10月に入ってからも半袖で過ごせる日が多かった。さすがに最近は、朝夕、肌寒くなり、寒暖の差の激しさから体調を崩してしまう人も多いはず。近所の薬局をのぞくと、「かぜのひき始めに」と葛根湯(かっこんとう)が店頭に並ぶ。葛根湯と聞くと、「漢方薬」と返ってくるが、その中身については知らない人も多い。漢方薬にどんなものが入っているのか、普段あまり考えることもないかもしれない。あまり馴染みの無いものを想像するかもしれないが、実はその成分は身近なものが多い。葛根湯の内容をみると、7種の薬草〔葛根(カッコン)、桂皮(ケイヒ)、大棗(タイソウ)、生姜(ショウキョウ)、甘草(カンゾウ)、芍薬(シャクヤク)、麻黄(マオウ)〕が組み合わさったものであることがわかる。

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    葛根は繁殖力の強いクズの根を乾燥させたもの。大学の薬用植物園にも迷った挙句、一株だけ植えたところ、次の年にはフェンス一杯に蔓延った。この厄介者の根を叩いてデンプンを採ると葛粉が得られ、葛湯、葛餅などに使われる(最近、100%葛粉のものは少なく、いまでは高級食材らしい)。桂皮は香辛料としても有名なシナモンのこと。カプチーノなどの飲料やシナモンロールなどにも使われる。あの風味は桂皮以外には出せない。大棗はナツメの果実で、滋養強壮作用がある。9~10月位に果実をつける。生姜はスーパーでも見かけるショウガのこと。和洋食に使われ、最近では体を温める健康食材としてブームにもなった。甘草は漢方処方によく配合されるが、醤油やスナック菓子などの甘味料としても使われ、実は知らないうちに口にしていることが多い食品添加物でもある。芍薬はその花が美女の形容とされることでも有名で、観賞用として庭園や家庭の庭先でもよく見かける。麻黄はエフェドリンという咳を鎮める成分を含み、咳止めシロップなどに使われている。葛根湯はほんの一例だが、漢方薬はこのように身近なものを組み合わせたものであることが分かる。
    葛根湯を例にみると、「かぜ薬」と思う人が多いかもしれない。しかし、かぜに使うばかりではなく、身体が弱くないこと、肩や首筋の強い凝りなどを伴うなどを使用目標に、様々な病気に使われる。歯痛、五十肩、尿もれ等、病名をあげていくと意外なものも多い。これはその適用を病名にあてはめた結果で、元々漢方薬は現代医学の病名だけで薬を判断できないものである。その時々の症状、病人の体質などが重要なポイントになるわけで、同じ症状のかぜでも処方薬が違うのもわかる。


◆執筆者:天倉吉章氏

松山大学薬学部教授