食事アドバイスは“もっと食べよう!”より…(執筆者:管理栄養士・体育学修士 河谷彰子氏)
スポーツを通じて食をサポートしていると、様々なトラブルを耳にする事や、遭遇
します。
合宿時“いただきます”の挨拶前に号泣した小学生のスポーツ少年。理由は、幼稚園児の時に参加した合宿で“食事は絶対に残してはいけないし、お代わりをしないといけない!”というルールがあり、苦しかった事を思い出したためです。10年以上前の事ですが、彼は今20歳の青年になっているはずです。どうしているかな?と今でも思い出します。
元々食の細い高校生のスポーツ少女が、これまでにも増して食事が喉を通りません。時には吐いてしまうとの事でした。理由は、コーチ・監督からの“1食400gのごはんを食べないといけない”というルールを忠実に守り、食に対して苦痛を感じているためです。
“食事は薬だと思っているので、毎日同じ物を食べても問題ありません。”と話ししていた大学生のスポーツ青年。会話中、顔色は冴えず、笑顔が少ないのが気になります。
食事は生きるため・健康のため・栄養をとるために必要ではありますが、美味しいと感じる事は大切です。できれば食事は楽しい時間・楽しみな時間であって欲しいと考えます。
アスリートにとって食事はトレーニングを後押しするものであり、トレーニングの一部とも言えます。美味しく楽しく・楽しみな時間であって欲しいからこそ、アドバイスする際には工夫が必要だと感じています。
“食べる合宿”と称される、食事量を大幅に増やし、食べられるようになる事を目的とした・やらされていると選手に感じさせる合宿は反対です。そもそも、合宿から帰って選手はその食習慣を継続してくれるのでしょうか?継続できない方法で強制的に実施するのは、どうかな?と感じます。
食事を変えるメリットを選手が納得できるように伝える。
種目によって有利な体格や、持久力・瞬発力等、必要とされるスキルは様々です。
より強くなるために、今よりどのような体格・スキルを目指したら良いのかを選手に伝え、何を実施した方が良いのかを話し合う事が必要です。
当たり負けしない身体と共に、持久力も必要とする代表的な種目には、バスケットボール・サッカー・ラグビーがあります。そのような種目のコーチ・監督から“体重増加”を選手にリクエストしたが思うように増えないという悩みをよく相談されます。
選手に伺うと、良い返事をしたものの『体重が増えると持久力が下がるから、体重を増やしたくない。』と答えました。不安に感じていて行動に移せないのです。
私は『筋肉で体重が増加しても、一時的に持久力が下がる。それは走る筋肉がついたわけではないから。約1カ月、走り込みをしていると走るための筋肉もついてくるし、持久力も上がってくる。まずはそれまでやってみて。だからこそ、ターゲット体重を達成する時期は大切な試合の時点に到達するのではなく、早めに増加して持久力をつける時間と、ゲームスキルを積み上げる時間が必要。だから、早めに増加し始める事が大切なのです。』と伝えます。
また『筋肉増加は、上手く行って月に2kg増加、コンスタントに増やす場合は月1kgを目安にしましょう。それ以上の増加は脂肪も増えやすくなります。』筋肉で4kg増加させたいと考えた場合、ターゲット体重まで4か月かけ、さらに持久力・スキルをつけるには、それ以上の期間が必要になるのです。
さらにこう付け加えます。『やってみたけれど、どうしてもパフォーマンスが上がらない…という時には、コーチ・監督にターゲット体重の見直しを相談してみれば?やってみずに、パフォーマンスが上がらないと心配せずに、やる事をやってから相談してみませんか?』
“選手自身が納得し、その気になるよう仕向けてこそ”ではないかなと感じています。
“いつに・何を・どの位”食べるかを明確に伝える。
『もっと食べなさい!』という声かけでは選手に伝わりづらいので『朝食のご飯は
1.5膳に増やす。』『休日の朝食は9時までに、いつも通り食べる。』『昼食に牛乳を1杯飲む』『夕方16時以降に、菓子類は食べない。』等、“いつに・何を・どの位(数値化して)”と明確に伝えると良いです。
小柄な選手がチームに多い中、身体の大きな選手が“周りの選手と同様に食べているのに、体重増加しない。”と相談してくれる事があります。
必要なエネルギー量は筋肉量と比例するため、トレーニングで消費されるエネルギー量も筋肉量に比例します。つまり、周りの小柄な選手と同量の食事では筋量が増えないのは当然です。
出来れば個別に何から変えるべきかを一緒に考え、選手自身で“いつに・何を・どの位食べる!”というルールを作ると良いでしょう。
また、実行していく上で、簡単な料理への展開をアドバイスすると継続して実行できるアドバイスになります。
“朝食に卵を2個食べる。”と決めた場合、卵2個を使った簡単料理の案がたくさんあると良いでしょう。
卵かけご飯に・目玉焼きに・卵焼きに・ハムエッグに
黄身は卵かけご飯に白身はインスタント味噌汁に入れてチンする・インスタントのコーンスープに白身を入れてチンすると案外美味しい…
等、選手の準備度に合わせてアドバイスする料理のレベルを変えていくと、次第に選手自身がネットでレシピを調べるようになります。
筋肉がつきやすい体質もあれば、つきにくい体質もある。体脂肪も同様。
ある程度のチームのルールがあっても良いとは思いますが、度を過ぎれば無理が出ます。
また、筋肉や体脂肪のつきやすさには個人差があります。極端に食事量を増やした場合、体脂肪が増えずに順調に筋肉が増加する選手もいれば、体脂肪が大幅に増加しパフォーマンス低下につながったり、怪我をしてしまう選手も出てきてしまうでしょう。
また、ウエイトトレーニング後にプロテインを飲むというルールを作っているチームが多いように感じますが、朝食をしっかり食べていない場合、そのルールよりも先にやっておくべき事があるのではないか?と感じます。
(アスリートの食事は、運動をしない人と同じ
https://www.shirokawa.jp/column/kawatani_akiko/2812/)(たんぱく質20gはどの位の肉や魚なのか?https://www.shirokawa.jp/column/kawatani_akiko/2829/も参考にどうぞ。)
足並みをそろえるためのチームのルールはあっても良いとは思いますが、その後のアドバイスは個別が必要になってきます。
色々な状況に合わせて、自らコントロールできる選手になれるよう
アドバイスしていただければと思います。
これ以上、食にトラウマを持つ選手が増えない事を願うばかりです。
◆執筆者:河谷彰子氏
管理栄養士
(公財)日本ラグビーフットボール協会 セブンズ アカデミー栄養アドバイザー
慶応義塾大学非常勤講師
日本女子大学家政学部食物学科管理栄養士専攻、筑波大学大学院で体育研究科コーチ学を専攻後、運動指導及び栄養カウンセリング、食サービスの提案を行う、ジュニアユースからトップチームまでのJリーグ選手やラグビー選手への栄養アドバイスを行う。