アスリートをサポートするとは?

河谷彰子タイトル123


私の東京2020オリンピックは2017年に始まり、紆余曲折ありながら、1週間前に終わりました。
1週間経っても、今の気持ちを整理することが出来ないでいるため、昔を振り、私の原点に立ち返って今後を改めて考えてみようと思い、今回のコラムにしました。

・食から〝誰か〟をサポートする仕事をしよう!
学生時代に、私が考えていた事です。その〝誰か〟として、アスリートを全く想定していませんでしたが…
大学院生時代に色々な論文を読んで感じた事…それは、研究レベルと現場レベルに、開きがある事でした。
研究によって結果は1つでないことが多いのに対し、現場では〝こういうケースでは、これを食べると絶対良い!〟というように、正解は1つであって欲しいという気持ちが強すぎる。沢山の研究によって、確率的に高い事が正解に近づいていくという感じですが、絶対でないことも多い。
ここを整理して、サポートする〝誰か〟に伝えなければ、情報に右往左往してしまうのだと感じています。
〝誰か〟に伝える時には、時には断定的である必要もあるし、こんな情報もあるけど、違う情報もあると情報を並べて説明する必要があるときもある。
私というフィルターを通して情報を整理し、サポートをする〝誰か〟に、分かりやすく伝えたいなと今でも感じています。

・トップアスリートは、食がどの位大切だと感じているのか?
私が大学生だった30年ほど前、アスリートをサポートしている管理栄養士さんが、少しずつ注目されてきた時代でした。“プロ選手をサポートしている管理栄養士の料理本”が出版され、メディアにも出演されていました。
テレビでオリンピックや世界大会を見ては感動していた私でしたが、そういう仕事もあるのか~と、その方が書いた書籍をチェックしていました。
その一方で、トップアスリートは管理栄養士や栄養士の必要性・食がもたらすプラスの効果をどの位だと感じているのだろう?と感じていました。というのも、成長期や発展途上のアスリートには食事は身体づくりの観点で、とても大切ですが、トップアスリートは食の部分は完成されていて、積み重ねるのは競技のスキルや試合に向かうメンタル面の方がはるかに重要だと感じていたからです。つまり、トップアスリートに管理栄養士や栄養士は不必要ではないか?と感じていたのです。(今でも、そのように感じている部分はある。料理は管理栄養士でなくてもできる。)
私が23歳の時、引退されて数年経っていた鈴木大地さん(前スポーツ庁長官)とお話しする機会がありました。
そこで、私は「トップアスリートにとって、食事って、どのように効果があると感じますか?」と質問してみました。
すると「79点が80点になるという感じかな。」と答えられました。
 なるほど…
69点が70点でもなく、89点が90点でもない。絶妙な表現だなと感じました。
食事がパーフェクトであってもメダルが勝ち取れるわけではない。
でも、食事は結構大切。でも1点だけ。でも大切。
そのように私は解釈しました。

・食事は楽しいものであって欲しいから、栄養士は要らない…
縁あって、Jリーグのチームをサポートすることになった初日、同じ場所でキャンプをしていた他チームのコーチ(それも同級生)に言われた言葉です。
学生時代、アスリートサポートに私が全く興味を持っていなかった事を知っていた同級生。偶然それも海外のキャンプに帯同している私の姿を見つけ「なんでいるの?」と驚いた顔で話しかけてきました。
私にとっての〝誰か〟が、たまたまプロサッカーチームだっただけです。
私は「あなたのチームに栄養士はいないの?」と質問したところ、タイトルのように返答があったのです。
なるほど…
世の中の栄養士のイメージを変えなければ、プラス1点にならないと感じた一言でした。
私がいても、選手の言動・雰囲気が変わらない存在でありたい。
食事の話は難しいと思わせないアドバイスをしたい。
相談したくなる人間関係を築きたい。と心に決めました。
そのチームを6シーズンサポートする中で、新聞記者から「あなたにとって、チームはどのような存在ですか?」と質問されたことがあります。私は「家族です。」と海外キャンプ中、補食のおにぎりを握りながら答えた事があります。
良いことも・悪い事もある中で、一緒に喜び・時には怒り・悲しみ・楽しみ・涙することもある。そんな感じです。この気持ちは今でも変わりません。(選手は私を家族とは思っていないだろうけど…)

・僕達が何回、暑い夏を越えてきたと思っているの?
今年の夏のように暑い夏の時期に選手に言われた一言です。
私はハッとさせられました。
伝え方によって〝知ってるよ~そんな事〟と素通りされ、工夫すれば〝え!そうなの?〟と振り返ってもらえる。
選手のアスリート歴を私は越えられない。彼らの経験値を越えて、私の情報に耳を傾けてもらうには工夫が必要。
私のフィルターを通した情報を提示し、選手の感覚に寄り添いながら、最終的には選手に結論を選択してもらう事も大切。
勝利を直接勝ち取るのは選手。食事がパーフェクトでも勝利をつかみ取ることはできるという保証はない。だから最終的には選手やチームが納得いく方法を選んでもらおう。その環境づくりは、可能な限り応えたい。
そんな事に気づかされた2007年夏でした。

・試合は戦場。だから栄養士に出来ることはない。
ある監督に言われた言葉です。でも、その通りだと私も感じます。
私が試合を目の前にして出来ることは、試合前後の食事や補食を調整することであり、その場にいる必要はない上に、むしろチームにとって目障りになると感じています。
その代わり、事前に試合に関わるメニューチェックをする時は、選手より一足早くピリリとした気持ちになります。選手やチームの要望を加味し、このメニューだと、あの選手は喜んでいるだろうな…試合後の疲れている時でも食べてくれるだろうな…等と想像しています。

試合当日に私が選手の近くにいる事を想定してきませんでした。
しかし2019年に、東京2020に向けた選考大会が開催され、3か国・各2週間の食事作りをサポートすることになり、思いがけず試合当日の選手を間近でサポートすることになりました。
私が出来ることは、元気に「いってらっしゃ~い!」と選手たちを見送り、ライブ配信を確認しながら、美味しい&念を込めた料理を作り、帰宅した時の選手の表情や声色から、色々な事を想像するだけです。そして、食事量から選手の心情を察します。
管理栄養士としてできる事は、ホント何もありません。どうして良いか、分かりません。
難しい…そんなことを痛感した2019年でした。

2020年からは別種目の日本代表チームをサポートすることになりました。2021年の6月まで、オリンピック当日は家で観戦しているつもりでしたが…急遽、選手の近くにいる事になりました。
やっぱり難しい… さらに今回は感染対策という大きなハードルがあり、さらに難しい…。

 私の管理栄養士としての役目は〝勝つために食からサポートする事〟です。
この2年、私が悩んでいるのは、チームスタッフとして80点を81点にすることができる何かがあるのではないか?あるとしたら何なのか?という事です。

過去を振り返ると、私のアスリートサポートに対する価値観を作ってきたのは、これまで出会ってきた方々からの一言だったので、チームスタッフとしての部分は、もう少し情報収集して、整理して、アスリートをサポートする管理栄養士として進化させていきたいと感じている今日この頃です。

 

 

◆執筆者:河谷彰子氏
管理栄養士
(公財)日本ラグビーフットボール協会 セブンズ女子代表栄養アドバイザー・サクラフィフティーン女子代表栄養アドバイザー・アカデミー(男女)栄養アドバイザー
慶応義塾大学非常勤講師・上智大学非常勤講師
日本女子大学家政学部食物学科管理栄養士専攻、筑波大学大学院で体育研究科コーチ学を専攻後、運動指導及び栄養カウンセリング、食サービスの提案を行う、ジュニアユースからトップチームまでのJリーグ選手やラグビー選手への栄養アドバイスを行う。
URL:http://www.kouenirai.com/profile/2448.htm

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